Death02.【最初の試練】


意識がハッキリとし始める。先程まで死ぬかもしれない鍛錬を受けた割には意外とまともなようだ。だが意識がハッキリと

しても視界は相変わらず暗闇のまま。微かに奥のほうに木漏れ日を確認することが出来る。

少し頭の中を整理することで漸く自分自身が瞼を閉じているということに気づいた。大分精神的に参っているのだと蒼は

苦笑を浮かべる。

重く圧し掛かる瞼をゆっくりと押し上げ、光が瞳へと差し込む。最初は陽光に眼が慣れず、真っ白で何も見えない。

だが少しずつ眼が慣れ始め、周りの輪郭などが見え始めた。

最初に見えたのは少し染みが目立つ白い壁。そして消毒薬の匂い。腕に刺さっている点滴によって此処が病院であることが

理解できた。そして自分の手を握っている存在にも。

「・・・・・義母さん」

彼は自分自身の母親を知らない。最初に覚えているのは孤児院の前に捨てられていたこと。今自分の手を握っている人は

孤児院から引き取ってくれた人。感謝の意を込めて蒼は【影見 由愛】を義母と呼んでいる。

「・・・・んっ」

蒼が身動ぎをした所為か、由愛が薄っすらと眼を開け始める。視線を感じそちらに顔を向けた表情は驚きのものだった。

「やっと目を覚ましたのね、馬鹿息子」

その声は涙ぐみ、聞き取るのに少しばかり知恵が必要だった。だが我慢の限界に達したのか由愛は盛大に泣き始める。

悲しみではなく、嬉しさのあまりに。

蒼はそんな義母の様子を穏やかな微笑で見守っていた。

それから幾分か経ち、由愛が落ち着きを取り戻す。涙の後がはっきりと残っていた為に由愛は一時退室した。

自分の恥ずかしい姿を見せたくないのだろう。そして病室には蒼一人が残された。

「良いお母さんじゃない」

「盗み見とは感心しないが」

病室の窓にはいつの間にかエレミーが腰掛けていた。そして蒼も最初から気づいていたかのように表情に何も現れない。

「まぁ悲しませた張本人が何か言えた訳でもないけど」

元々エレミーの策略によって蒼は重症を負った。だがあれから2週間経ったおかげで身体のほうは随分と調子が良くなっている。

だが現実世界で2週間しか経っていなくても、あの空間では1年近く過したような気がしていた。時間軸の違いが現れている

ようなのだ。

「それじゃ初陣について説明させてもらうよ。今回のターゲットは獣人。最近人間を襲って人肉を貪っているらしいから

すぐに発見できるはずよ。今の蒼の実力なら余裕の相手だから。だからといって油断しないこと」

「分かっている。二度も死ぬのは御免だ」

「それとこれはまだ確実な情報じゃないんだけど、どうやら黒幕がいるみたいなの」

「黒幕?」

黒幕がいるということは獣人はその黒幕に操られているということになる。だからといって同情するわけにはいかない。

相手は殺す気で来るのだから少しの情が隙を生んでしまう。

「恐らく魔術師ね。大方作ったキメラの性能テストの為なんでしょうけど」

獣人は大きく分けて2つに分類される。潜在的な遺伝子によって何らかの影響で獣化する者と、人為的に獣の遺伝子を

組み込まれ、理性が無く、主人に絶対服従の化け物。

今回の事件はその後者に当たる。

「まだ蒼は魔術師と戦うには早い気もするけど実戦じゃそうもいってられない」

「何とかなるだろ」

心配の色が見え隠れするエレミーに対して蒼は投げやりに応える。実は蒼にはまだエレミーにも語っていない秘密があった。

その秘密を使えば蒼にとって魔術師は敵ではなくなる。

「余裕があることは良いけど、蒼にとってこれは最初の仕事よ。それに獣人といっても元は人間。つまり人殺しという業を

背負うことになる。その覚悟が出来るかどうかが問題なの」

最初に人を殺すことは絶対に躊躇が生まれる。その所為で無くなる者は数多。蒼にだってその可能性はある。

「おっと、戻ってきたみたいね。それじゃ私は後方から見守っているから」

「高みの見物の間違いだろ」

皮肉に対してエレミーは笑みを浮かべながら窓から下へと飛び降りた。確認するまでも無く、彼女は近くの木に飛び移って

いるだろう。

そしてエレミーがいなくなると同時に由愛が部屋に戻ってくる。

「誰かのいたの?」

開け放された窓に違和感を感じたのだろう。席に座りながら蒼に尋ねる。だが蒼は首を振るだけで答える。

元々寡黙である蒼に言葉での答えを最初から求めていなかった。表現だけが分かれば由愛にとってどちらでもいいのだ。

「これからも心配かけるかもしれない」

「縁起でもないことを言わないで頂戴」

これから起こるであろうことに不安を感じないといえば嘘になる。だから蒼は由愛に前もって宣言しておく。

貴方の息子は人殺しになることを隠しつつ。彼は戦場へと赴く準備を始める・・・・。