Death03.【影響ある獣】 夜の病室は不気味なほど静まり返る。個室であることと相まって何も聞こえず、月明かりだけが窓辺から差し込む。 だから抜け出すのは容易。定期的に看護婦が巡回してくるが、適当にベッドへ布団を入れ込んでおけば脱走を発見 されることはない。 獣人が動き出すのは決まって深夜。だからこちらもそれに合わせて動かないといけない。 獣化する前の敵を発見することはまず不可能である。情緒不安定など後遺症で判断できるが、それだけでは証拠としては 不十分であり、確証とはなりえない。 ならば深夜ならばどうなるか。 獣化した獣人は姿からして人間から遠ざかる。獣の種類にもよるが毛が異常に生えたり、人間でありえない器官が 生まれる。確証となる証拠は獣人自身が身につけている。 だから見つければすぐに判断できるのだ。 そして獣人が出没する場所もエレミーがすでに検討を付けていた。それと同時に警察も獣人の動きを把握できるように なっていた。獣人が出没する時間はほぼ決まっており、場所にも法則性が生まれていた。 だから少し頭を捻れば簡単に獣人と遭遇することができる。そして被害者達は自ずと餌へとなる道程を歩む。 怖いもの見たさに獣人が現れる場所に若者はよくやってくる。だから被害者が後を絶たないのだ。 その為に現在は今回現れるであろう場所を警察が封鎖していた。誰も近づけず、最初からいるものだけしか残されない。 だから蒼が目的地へと到着した時、すでに獣人は警察官によって包囲されていた。 壁を背に円を描くように囲まれた獣人。警官達の手には当然ながら銃が握られていた。安全装置は外され、撃鉄も上げ られている。発砲する準備は万端である。相手は何十人者民間人を殺した化け物。警官達にも恐怖感を与えている。 獣人の咆哮。ただそれだけで警官達は怯え、銃口が一瞬獣人から外れる。それを見逃すはずも無く獣人は囲いの一角に 突っ込み、鋭き爪で警官の一人を切り殺す。 それを決起に警官達は一斉に発砲する。乱れ飛ぶ銃弾。恐怖による混乱から狙いは碌に付けられていない。 味方の警官に誤って命中するのが大半であり、それでも獣人にも命中し、当たり所が悪かった所為か獣人はそれだけで 息絶えた。 そんな様子を蒼は全貌が見渡せる廃ビルの上から眺めていた。全てが終わったように見えるが、まだ始まってすら いないのが真実。 獣人が死んだことによって警察官達は安堵の表情を浮かべていた。だが低い唸り声が聞こえた瞬間、顔面を蒼白にする。 一体の獣人を囲んでいたはずの警官達を逆に数十体の獣人達が囲んでいたのだ。 獣人が一体しかいないと誰が決めただろうか。真実は一つであるが、可能性は複数ある。予測をしていたのだったら 人員の増員などの具体案を実行できていただろう。だが時すでに遅い。 始まったのは虐殺としかいいようのないほど力量の差が圧倒的であると分かる戦いであった。 警官達の銃は確かに獣人たちに対して効果を発揮している。だがそれも冷静であり、命中精度が高い場合のこと。 混乱と恐怖によって狙いなど付けられない警官たちは同士討ちも相まって獣人たちに捕食されていく。 弱肉強食という自然の摂理がありありと伝わってくる光景。 常人がそんな光景を見たのならば卒倒するだろう。だが蒼は違っていた。冷めた目で無表情で眼下を観察する。 警官たちに同情はしない。何故なら油断していた彼らが悪いのだから。 目的の為に情を捨てる覚悟をしていた蒼にとって今は敵の構成を調べることが最重要。 敵の数は先程の警官たちとの乱闘によって少しばかり減り11体。 「始めるか」 呟きを残して蒼はビルから落下する。重力に身を任せながら蒼の最初となる戦いが始まろうとする。 舞台の主役は突如の登場で場を湧かせ、観客は魅了されるであろう。 そして今回のもう一人の主役も間もなく舞台へと上がる・・・・。 |