Death05.【天敵たる者】



夜風吹き荒ぶ廃ビルの屋上。死神が先程まで立っていた場所とは2階ほど違う高いビル。

そこで魔術師は歓喜に震えていた。誰も成し遂げたことの無い偉業を達成したと思い込んで。

「ははは、私が、あの死神を殺したんだ!」

裏の世界で死神という二つ名を有するものは最強として、そして最恐として知られている。

何より魔術による外道を行う者達にとっては天敵といっても等しい。

「楽天的な考えねぇ」

高笑いを響かせる魔術師の後ろで冷ややかな幼い声が聞こえる。振り向く魔術師の瞳に映ったのは彼が恐怖する存在。

大鎌を背負いしその姿はまさしく死神。

「仮に貴方が本当に死神を葬ったとなったら未来は無いわよ」

「何故死神がこの地にこれだけ揃うのだ・・・」

震える声は恐怖の影響。押し隠そうにも身体が自然と出す震え。本能的な恐怖が魔術師を怯えさせる。

「あれが青を司る者のお披露目だからよ。貴方はまさしく彼の腕試しの相手」

「だが腕試し程度に死神は死んだ。私の名も有名になるというものだ」

魔術師は言葉で時間を稼ごうとしている。それは逃げ道を確保するための彼なりの必死の現れ。

「さっきも言ったけどもし死神が死んだ場合、世界各国にいる死神が貴方を抹殺する為に動き出すわ。

残りの死神は私を合わせて3名。それだけの数を相手に貴方は生き残る自信がある?」

それは無理な話である。先程の死神だって奇襲で殺せたようなもの。正面から渡り合って勝てる相手だとも思えない。

魔術師の獣人を複数相手にあの立ち振る舞いを行ったものである。身体能力がそれほど高くない魔術師にとって

勝てる確立など極めて低い。

「大体あの程度で死ぬわけ無いでしょ」

「いや、死にかけた」

魔術師が屋上から飛び降りようとした所でタイミングを逸するように彼は現れた。

「な、何故生きている」

屋上の入り口に佇んでいるのは魔術師が殺したと思っていた青を司る死神。あの死角の全く無い攻撃からどうやって

逃れたのか。魔術師の頭は混乱の極み。

「確かに逃げ道は無かった。だから壁を砕いて道を作った」

人間という範疇から抜け出しているからこそできる脱出方法。確かに両脇をビルという壁に挟まれ、頭上から氷塊が

落ちてくるとなるならば普通の人間では圧死は確実。しかし相手は死神。魔術に長け、身体能力も人間とは異なる

別の生き物。コンクリートの壁ぐらい造作も無く破壊できる。それを魔術師は失念していた。

「大体三流にも等しい貴方程度の魔術師が死神を倒せるとは思えないのよ」

澄ました表情で語られる熾烈な言葉。それが怯えに竦んでいた魔術師の怒りに火を付けた。

「黙れ、黙れ、黙れぇ!」

悪あがきにも等しい魔術の発動。複数の火の玉が黒を司る死神へと殺到する。

対する彼女は全く動じる様子も無く大鎌を振るう。それだけで火の玉は最初から存在しないかのように消失する。

「なっ!?」

魔術師にとって意外すぎる展開。避けるなり防御壁を展開するようなことならば魔術師も納得する。

だがまさか消滅させられるとは考えていなかった。魔術師にはそう見えたのだ。

後ろに控えていた青を司る死神は見えていた。一瞬だけ映った黒い影を。

「さすが粗悪品。不味いわね」

顔を顰める彼女。それに魔術師は何かを悟ったらしい。

「不味い・・・まさか喰ったのか!?」

魔術を学ぶ者にとって天敵となる者が色々と存在する。その一つが魔力を喰らう者。

「貴様、魔喰種か!?」

「ご名答。魔力の練りがまだまだね。不純物が混ざり過ぎて威力も何もあったものじゃないわ」

呪印は体内にある魔力を圧縮して放つ魔法。その過程で様々なものが混ざってしまう。いかに不純物を魔力に

取り入れないかが魔術の威力に関わる。そしてそれは魔術師の実力も現す。

「安心しなさい。私が手を出すのはここまで。後は彼が相手をするから」

跳んだ彼女の着地先は蒼の後ろ。この戦いは彼の為に用意したのだから彼女が手を出すのはお門違い。

「ただ単に面倒なだけじゃないだろうな?」

「何を言っているの。魔術師との戦いを経験させるための師匠としての心遣いじゃない」

もし危なくなった場合は彼女が助けるのはいうまでも無い。それを分かっていて蒼は溜息を吐く。

「ふざけるなぁ!」

自分自身を無視され、あまつさえ道具のように扱われていることに魔術師は激怒していた。それが魔術師の力の

底上げへと直結する。

「あらま、拙いかな」

今の状態なら二流くらいの技量になっているかもしれない。さすがにそのクラスになると初心者の死神は苦戦する

かもしれない。

「別に問題ない」

蒼の自信が何処から来ているのかエレミーには理解できなかった。ただの強がりなのか、はたまた本当に倒すだけの

実力があるのか判断材料が無い。だから防御壁の準備だけを行う。

「くたばれ!」

放たれたのは風の刃。もっとも数を多く出せる魔術。十以上の刃が所狭しと屋上を埋め尽くす。避けるべき場所は

何処にもない。そのはずだった。

「視えているんだ」

魔術が放たれた直後、すでに蒼は魔術の後ろ側に移動してた。魔術は何も発動者の目の前から出るのではない。

巻き添えを考えて距離を置いて魔術は現れる。そこより後ろには何の影響も無い。

だがそれを行えるものはいないはず。何故ならその発動先は魔術師によって変わる。常に一定とはならないはず。

「貴様も異能者か!」

「死神であるだけで異能だろ」

振るわれる大鎌。防御壁を展開する魔術師であるも、大鎌は何の抵抗も受けずに防御壁を切り裂き、魔術師へと及ぶ。

左腕を切り飛ばされ魔術師は反射的に魔術を放つ。自分と距離を考えずに展開する爆発の魔術。

響く爆音。辛うじて防御壁の影響で自爆を免れた魔術師。ならば防御壁すらも張っていない死神が無事であるはずが無かった。

その考えを蒼は無傷の身体で否定した。

爆発が起こる前に移動することによって影響すらも受けない。まるで事前に何が起こるのか知っているように。

自分が引き起こした爆発の影響で身体が浮いている魔術師に蒼は容赦することなく素早く駆け、大鎌を振り下ろす。

刃は脳天から食い込み、あっという間に地面へと突き刺さる。

真っ二つに切り裂かれた魔術師。最後に見た光景は左の瞳を碧く輝かせている死神の姿。それで全てを悟った。

もう一つの魔術師の天敵の存在を。

「終わったぞ」

死体はあとを残さず、灰となって風に飛ばされる。それが大鎌の能力。死したものを世界に還す為に空へと送るのが

死神の葬送。

「私にも秘密にしていたなんてね」

碧く輝く瞳の存在。それは蒼を鍛えたエレミーすらもまだ知らぬことであった。眉を顰めるエレミーに蒼は何も反応を

返さずにただ灰が飛んでいった方向へと視線を向ける。

「魔術解析路。魔術の何たるかを所有者へと視せ、魔力全てを自在に視ることが出来る異物」

先天的に現れる瞳で無いもの。それがエレミーが知っている蒼の瞳の全て。人為的に作り出され、そして埋め込まれる

魔具と呼ばれるもの。理論は確立しているが、技術が追いつかず捨てられたはずのものでもあった。

それを何故蒼が所有しているのか不明。

「何処で手に入れた、と聞いても分かるはずも無いか」

蒼にとって5歳以前の記憶は無いに等しい。おぼろげに何かを思い出すとしても靄が掛かったように鮮明さが無い。

それに5歳という年齢すらも怪しい。元々記憶が無いから外見で年齢を予測するしかなかったのだ。

唸りながら考え込むエレミーを他所に蒼はずっと夜空を眺める。どうやら夜が明ける前のよう。

朝日が顔を出す前の木漏れ日が空を緋色に染めていく。

「戻るか」

感情の伺えない声で蒼は呟く。初めての人殺し。だがそれが初めてともいえなかった。

死神の特訓とは精神面も鍛えないという意味。

だから人殺しに慣れている。

そう思うことが蒼にとって辛い考えでもあった・・・。