Death06.【修行という拷問】



獣人との戦いよりも以前。蒼がまだ不思議な空間でエレミーに訓練を受けているときのこと。

元より身体能力の優れていた蒼はエレミーの教えを吸収していく。

体術、大鎌の扱い方、魔術に対する基本的知識。

「技術面は概ね良好ね」

この空間で簡単な人間大の人形を用いて攻撃の仕方を確認している。

魔術も同じように行う。いかに早く呪印を用いて魔術を放てるか。それが課題となっている。

「次は精神面のほうを鍛えるわよ」

「何をするんだ?」

今まで蒼は言われてきたとおりに修行を続けていた。自発的に何かをするという時間が無かったのだから

仕方ないといえる。だが自分なりのアレンジも出来ないのが蒼にとっては不満でもあった。

「簡単よ、人間を殺してもらうだけ」

何処が簡単で、何故そこまであっさり言うことが出来るのか蒼には不思議でならなかった。

つまり殺人を犯せとエレミーは言っている。

「ほら、作り出したから殺って来なさい」

蒼の数メートル先に立つ男性。それはエレミーが具現化させた人間であり、本来ならば存在しない人間。

男性には家族も無く、両親も無く、ただこの空間でのみ存在し殺される運命を持った人間。

だがそのことを理解していても蒼は躊躇してしまう。

「死神というのは命を狩ることが仕事。それには人間だって含まれているのよ。この程度で戸惑っていてどうするの」

「だが・・・・」

蒼の言葉は所詮言い訳にしかならない。逃げ道を作り拒否する。

しかしこの過程をクリアしないといつまで経っても先には進めず、蒼の目的は達成されない。

「じゃあこうすればどうかな」

男性の手に突如として握られたナイフ。虚ろなる瞳は蒼を映し出し、殺気を込めて駆け出す。

「殺さないと、蒼が死ぬことになるのよ」

「悪趣味だな」

強がっても戸惑いは消えない。突き出されたナイフを避け、そのまま大鎌を振り被る。

だがそこで止まってしまう。

その隙を逃さずに男性はナイフを横薙ぎに振るう。

腹部を掠め、血を滲ませながら蒼は後退する。

「ほらほら、死んじゃうよぉ」

「黙っていろ!」

八つ当たりでしかない怒声を上げる。何も出来ない自分に、ニヤニヤと笑っているエレミーに蒼の苛立ちは募る。

だから覚悟を決めて蒼は駆け出す。

反応する前に真後ろにまで振り被られた大鎌が見切れぬ速度で男性の首を跳ね飛ばす。

宙を舞い地面に頭部が落ちる音と残った身体が地面に倒れる音が妙に響く。

それを見る勇気が蒼にはなかった。

「受け止めることもまた仕事よ」

いつの間に移動したのか蒼の目の前にいるエレミー。蒼に飛び掛り強引に顔の方向を転がる頭部と身体に向けさせる。

転がっている頭部は偶然にも蒼のほうに目線を向けている。光を失った瞳がこれほど恐ろしく、不気味であることを

蒼はようやく理解した。そして耐え切れなかった。

頭の中が真っ白となり、涙が頬を伝う。

「この程度で動揺していちゃ駄目だよ」

蒼が正気に戻る前にエレミーは次なる人間を作り出す。今度は小さな女の子。

「蒼が優しいことは分かっている。無表情を装って他人を遠ざけるのも、その人を傷つけたくないからでしょ。

だけど今はその優しさが邪魔なの。敵には容赦せずに殺していかないといけない。そうじゃないと死ぬのは自分

だから」

微笑で蒼に説明するエレミーは狂っている。その時の蒼にはそう映っていた。

「だから殺すのよ。区別をつけずに」

「ああぁぁぁ!!!」

エレミーに攻撃しようとするのを何とか自制して小さな女の子を真っ二つにする。ここでエレミーに攻撃することは

お門違い。こういうことを覚悟の上でエレミーに教えを受けているのだから、そのエレミーを攻撃するということは

自分の覚悟を批判するのと同じ意味である。

泣いている暇も悔やんでいる暇も与えずに次々と人間が作り出されていく。

それはエレミーなりの慈愛でもあった。

考える時間を与えてしまったら悪い方向に転がってしまう。下手をしたら自我が崩壊するかもしれない。

考える時間を与えなかったら人を殺すことに没頭してしまって悪いことを考えない。

それにその行為自体に慣れていくから。

まだまだ続く虐殺という修行は蒼を確かに強くしていく。

だが心は次第に衰え、いつかは崩壊するだろう。

忘れることが出来たらどれほど楽か。今の蒼にはそれがもっとも愛おしいと感じられていた。

だが忘れたくない人物、過去があるから蒼は苦悩する。

記憶とは扱い辛いものである・・・。