Death08.【出会いと共に歩む道】


簡潔な自己紹介で朝礼は終わった。教師が教室から退室すると同時に教室中の男女が彼女を囲み質問の嵐を浴びせる。

質問はありふれたものであり、彼女は律儀にも一つ一つに答えていく。

「精練で純情、まさに一輪の花だな」

「意味が同じだということに気づいているか、圭」

そんな一群から離れた場所でいつもの3人は観察していた。圭が何かをいえば雅人が突っ込む。それがいつものやりとり

であった。だが蒼はそんな2人を他所に別のことを考えていた。

「なんだ、蒼。クレアさんに興味でもあるのか」

蒼の視線が常にクレアを捉えている事に雅人は気づいていた。だが蒼が恋愛対象として彼女を捉えているという感じが

見受けられない。別の、警戒している風に見て取れている。

「興味はあるな。今朝方忠告されたから」

誰に忠告されたのかなどのことを2人は聞けないでいた。何故なら蒼の雰囲気がいつも以上に冷たく、他者を傷つける

感じに受けられたから。いつも一緒にいるだけにそれが強く感じられる。

そして蒼とクレアが会話することなく始業のチャイムが鳴り響く。

授業の間は瞬く間に過ぎ去っていく。特に何かしらのトラブルも無く2人はお互いに存在感を露にしていた。

始業式からたった3日しか経っていないのに帰国子女ということで転校生扱いされるクレア。だから教師達も彼女に

率先的に当てていく。しかし予想とは裏腹に彼女は教師達の攻撃を全て受け流し、反撃していた。

すなわち全問正解、模範的な回答。まさしく才女といえるだろう。

そして違う意味で蒼は注目されていた。

始業式から3日後に現れた生徒。だが雰囲気がどの生徒とも釣り合わない異物。冷たく他者を遠ざける雰囲気。

教師すらも怖れるそれは一体何なのだろうか。

相反する2人。いずれ交じりあうであろう交差地点は意外と早期に訪れた。

「で俺を呼び出したわけを聞こうか」

休み時間の間に置かれた簡素な紙切れ。それは蒼の机の上に置かれていた。内容も極めて単純。

『昼休み、屋上にて待つ』

日本を知らないわりに流暢な日本語と漢字が書ける彼女はクレア。彼女はフェンスに寄り掛かりながら入ってきた蒼の

ほうを見ていた。

「簡単なことよ。監視者として貴方を知らないといけないでしょ」

「俺にはそんなことに付き合う義理も暇も無い」

美少女に興味を持たれるのであれば健全な男として反応するであろう。だが蒼は違う。好き好んで獣の口に手を突っ込む

ような真似はしない。たとえ見た目が麗しくても。

「私だって事前に情報が欲しかったです。ですが事態が急を要したために急ぎ派遣されたのです」

「協会も人材不足ということか」

軽く彼女を挑発する程度に蒼は言葉を選ぶ。だが意外と効果は無かったようである。クレアは何の反応も返さずに空を眺める。

肩透かしを食らったように蒼も空を仰ぎ見る。小さな雲がある以外に何も無い晴天。

「だけど私はこっちに派遣されて良かったかもしれない。こんな平和な生活に憧れていたから」

クレアの表情は嬉しさと少しの憂いが込められていた。出会って数時間しか経っていない蒼に彼女の心のうちが読める

はずもない。何も返すことはせず、ただ彼女の印象を改めることにしていた。

平和に憧れ、他者の平穏を守ろうとする優しき心を持った人物。

「それでこれからどうする気だ?」

「仕事をサボるわけにもいかないから、貴方の仕事の間だけ行動を共にさせてもらうわ」

クレアの言っていることは矛盾している。監視者とは四六時中死神を監視していないといけない。必然的に同じ屋根の

下で行動を共にしないといけないはず。だが彼女は仕事の間だけといっている。

「監視者としての意味を成していないぞ」

「いいのよ、どうせ死神の監視役に選ばれた時点で私の仕事を見る人なんていないんだから」

異常があれば報告せよ。クレアに渡された命令書にはそう書かれていた。つまりそれ以外は自由に行動しても良いと

いうこと。監視者を別の監視者が行いを常時監視するというのも変なことである。

「ということで仕事の時だけよろしくね。これが私の携帯の番号だから」

渡されたメモ帳。蒼はその場で携帯に登録するわけでもなく無造作にポケットに突っ込む。その対応にクレアは多少

傷つく。彼女だって健全な女性である。見た目も自分で自覚するほどに自信はあった。だがそれに乗ってこない蒼に

クレアの自信は崩れていく。

「とりあえずヨロシク」

差し出される手。それが握手を求めているのだと理解するのに蒼は数秒ばかり考えてしまった。何せこういう経験が

蒼には少ないから。クレアに習って蒼も手を差し出すが自ら相手の手を握ろうとはしない。結局、業を煮やしたクレアが

強引に蒼の手を握る結果となった。

「ヨロシクね!」

「んっ?あぁ、ヨロシク」

口調が強まっているが表情は笑顔。じれったいほどにコミュニケーションの苦手な蒼にクレアは精一杯の対応をしようと

努力していた。だがそんなクレアの行動を蒼は全く気にしていなかった。しかしそれ以外のことには過敏に反応する。

「ちっ!?」

遠くのビルから弾丸のような速度で砲丸ほどの大きさの物体がクレアへと直進してきた。蒼は反射的に握っている手に

力を込めてクレアを引き寄せる。同時に左手に魔力を展開。衝撃を殺しながら何とか突っ込んできた物体を掴む。

『黒猫宅急便 P.S.忘れていた、ごめんね』

恐らくはエレミーからの贈り物なのであろう。突っ込んできた物体には簡易な紙が貼り付けられていた。

そして投げられたであろう黒き物体は見事に眼を回している。

「ちょっと離してくれるかな?」

真下から聞こえてくる声に蒼はやっと自分がクレアを胸元に抱きしめていることに気づいた。だが取り立てて慌てもせずに

クレアを開放する。顔を朱に染めながらクレアの方は慌てて蒼から距離を取る。

「攻撃かと思ったが違った。ただの黒猫だ」

地面にそっと投げられた黒猫を降ろしてあげる。ふらつく足取りで何とか立とうとする姿はまるで生まれたばかりのようで

ある。黒猫にとってはいい迷惑であっただろう、エレミーの行いも蒼には関係なかった。だが気にするべきことは他にあった。

「あまり変な事はしないでください。貴方に他意が無くても誰かに見られでもしたらあらぬ疑いが掛けられるじゃないですか」

今日から登校してきた者同士。昼の密会にて抱き合う。校内のスキャンダルにしては上質なネタとなるであろう。

クレアはそのことを気にしていた。彼女は平穏を望んでいるのだ。戦い以外の場所で疲れるようなことはしたくなかった。

しかし反対に蒼は全く気にしていない。彼にとって平穏も戦いも関係なく同列に扱われている。

全くの正反対のように思える2人。パートナーとして戦うには不安を感じずにはいられない。

一体何処まで行けるのか。それを知るにはまだ時間が必要なようである・・・・・。