Death09.【死神と聖女】


クレアと名乗る女性が蒼の前に現れてあっという間に1週間が過ぎ去った。

その間、何の事件も仕事の依頼もなく平穏な毎日を送れていた。

だが平穏な生活がいつまでも続くはずが無い。死神とは争いの中にいてこそ存在する意味があるのだから。

平穏の中にいては死神という存在自体が殺され、表に出てくることは出来ない。

だからこそ裏の世界において死神という名は輝いているのだ。

『マスター、依頼が来たよ』

蒼の使い魔である黒猫が主人に向かって報告する。動物の姿をしているといっても魔術によって生成された黒猫は人語を

駆使し、魔術を扱い、肉弾戦を行える万能生物。

最初こそエレミーにより投げられ、高速で主人の手に収まり怯えていたといってもすぐに平静に戻り、主人に忠誠を誓う。

そんな黒猫の名前を蒼は『テス』と決めた。

「内容は?」

今日は土曜日であり、一昔の学業とは違い週休2日制が制定されていた。つまり今日は学生達にとって休みなのだ。

『悪霊の浄霊、中規模の悪霊によって工事現場となっているビルが占拠されたようだよ』

悪霊とは人間や動物などの意思あるものの負の感情が集合した意識体。嘆き、悔やみ、恨み、辛みといったものが

集まり、紡がれ悪霊となる。様々な意識によって生まれた悪霊は殆どが意思の無いまま破壊衝動に身を任せる。

だが稀に意識体の中で特に強い意志によって統括され、知識のある意思が生まれる。

「悪霊ならあいつを連れて行ったほうが良いかもな。なんたって聖女様なんだから」

蒼の言葉には皮肉が込められていた。いらない相棒を押し付けられ多少なりとも蒼はイラついていた。1人でいることが

楽であると考えている彼にとって相棒は邪魔。だがその考えの裏には大切な人を巻き込みたくは無いという蒼自身、

気づいていない考えがあった。

『聖女だからって悪霊に対して有効だとは限らないんじゃないかな』

「だろうな。ただの皮肉だ、無視しておけ」

クレアを呼ぶのは嫌であるも、後で苦言を言われることはさらに面倒なので仕方なく蒼は携帯を手に取り、電話帳から

クレアの番号を探し出し、コールする。

3コール目で出たクレアは暇だったのだろう。依頼の内容、時間、場所を伝えると蒼は早々に通話を切った。誰かと

長く話すことに慣れてなく、特に電話となると事務的になってしまう。

「時間になったら現地にいてくれ」

『マスターはどうするの?』

「歩いて暇でも潰しているさ」

現在の時刻は午後3時。予定時間は22時に設定しているために準備も何も必要のない死神にとって間の時間は余ってしまう。

通常の兵士ならば武器の準備、現場の下調べなどで時間を浪費するが、死神である蒼にとって武器はいつでも取り出せるし

下調べしたところで結果が変わるような依頼でもない。内部の見取り図にざっと目を走らせればそれだけで十分。

準備など不要、急を要する場合に迅速に行動でき、敵を殲滅するだけの力が要求される死神。



予定時刻の10分前に蒼は現場に到着した。月夜のおかげで周りの風景は照らされ目視が可能となっている。

鉄筋が至る所に転がり、重機も静かに稼動の時を待つように居座っている。だが長らく人が足を踏み入れたような雰囲気が

感じられない。それに鉄筋がまるで吹っ飛んだように地面にめり込んでいるのも蒼にとっては気になる要素でもあった。

悪霊とは幽機体。つまり実体を持たない存在。触れることも、悪霊自体が何かを掴むこともできない。

ならばどうやってこのような惨状を作り出したのか。蒼は知識のみ有している。悪霊との戦闘はこれが初めてなのだ。

死神になって間もない蒼には絶対的に経験が足りない。知識だけあっても実戦において役立つのはやはり経験とそれによって

培った感覚がものをいう。

「力が強いということか」

悪霊が現世に影響を及ぼすのは念動力。サイキックともいう。念じるだけで物を動かし、時には衝撃波となって害を与える。

数多の意識を取り込んだ悪霊となればその力も強くなるのだが、鉄筋を吹き飛ばすほどの力はそう簡単に生めないはず。

苦戦する相手だと思いながら、蒼は元凶が住まう建設途中の建物へと歩を進める。

そこにはすでに先客がいた。聖女のクレアである。

「遅いよ」

「お前が早いだけだ」

建物の入り口付近にクレアは何分待ったのか分からないが少し苛立ちを含ませて文句を発する。美女に怒られたのであれば

素直に謝るのが根性の無い男の証拠。だが蒼は全く関心なく本音を洩らす。

「時間は正確に伝えたはずだ。それに何も入り口にいる必要もないだろ。敷地の前で待っていれば安全のはず」

建物の前はすでに戦地といっても過言ではない。悪霊の活動範囲は恐らく敷地内部全体であろう。そんな場所に長時間

いることは危険であるし、常に緊張していなければいけない。常人離れした神経の持ち主か、ただの馬鹿ぐらいしか

そんな愚かなことはしない。

「特異体質といえばいいかな。悪霊とかは私に対して好き好んで接触してこないの」

二つ名が聖女であるだけにクレアには聖なる力が自然と洩れ出ているのであろう。悪霊の発する瘴気と聖者の聖気は

互いに反発し合い、対消滅する。瘴気によって構成されている悪霊にとっては聖気はまさしく天敵である。

「それじゃ一つ聞く。お前はどの程度まで力を使いこなせる?」

一応背中を預けあう同士になるのだから相棒の力量を知っておくことも重要となる。それによって編まれる戦略も

変わってくる。

「力は手に纏う位が限界。飛ばすとかは出来ないからね」

それは殆ど制御できないのと変わらない。聖気を体外に出すことによってその部位に聖気が纏わり付く。

クレアが出来ることはその程度なのだ。だから蒼は彼女を前面に出すことを考え直した。

「とりあえずお前は、っ!?」

蒼の忠告を遮るように頭上から鉄筋が降ってきた。それも複数。当たれば即死は確実である攻撃を2人は建物の中に

入ることによって回避した。

「急ぐぞ」

「分かっているわよ!」

2人は悠長に話している場合ではないと悟り、上階へと続く階段をひた走る。

悪霊も必死となっているのであろう。天敵と不明ではあるが敵であろう人物が近くに来ているのだから。

自然に思考は自分の排除だと理解していた。

生き残りを賭けた戦いが始まる・・・・。