Death10.【魂散らす瞬間】 月明かりの差し込む薄暗い階段。 建設途中ということだけあり、道が出来ていない場所もある。 回りこむ暇も惜しい2人は身体能力を駆使し、飛び越え、目的の場所へとひた走る。 その間、悪霊からの妨害はもちろん発生する。 だが小さき悪霊程度が二人を止められるはずもない。 悪霊に触れれば生きとし生きるものは例外なく精神を汚染される。 負の感情の塊である悪霊にはそれだけの力があっても不思議ではない。 だが2人のとってそんなことは問題ではない。 触れる前に悪霊を消滅させればいいのだから。 大鎌で切り裂かれ、清浄なる力で触れられ消滅する。 悪霊にだって例外はない。 小さき悪霊に接触以外の攻撃方法は存在しない。 念動力といった特殊な力は悪霊の集合体にしか使えない。 単一の悪霊はただの人間にとっても脅威とは為り難い。 ただの人間にさえ影響が少ない小さき悪霊に2人を止めることなど出来ようはずが無い。 消滅させられた苦痛の叫びか、苦痛から開放された喜びの叫びか。 悪霊達からの声が夜の闇に響き渡る。 「まだなの!?」 「もう少しだ。我慢しろ」 疾走すること数十分が経っているであろうか。すでに消滅させた悪霊の数も30を越える頃に差し掛かっている。 だがそれだけの悪霊が消滅しているというのに最上階から感じる力が衰えている感じがしない。 「油断はするな。今までのとは桁違いだぞ」 「分かっているわよ。不快感が止まないわ」 互いに反発し合う存在である悪霊と聖女。認め合うことの出来ない存在だけに精神的に影響を与えるのだろう。 そして2人は最上階に到達した。 最上階は恐らく社長室か重役達が使用する部屋であったのだろう。 無駄に広く、建設途中の所為か屋根が無い。 月明かりによって照らされる部屋の全景。 その最奥にターゲットが佇んでいた。 「寒気が止まらない」 「厄介だな」 洩れ出ている力だけでもそれなりの存在感を出している。それが2人に相手の強大さを知らせている。 「お先にどうぞ」 「敵わないからって俺を矢面に出すなよ」 すでにクレアは相手の力に飲まれていた。自身の力では相手に通用しないであろうと勝手に思っている。 実際、彼女の力は通じないかもしれない。だがそれはやってみないと分からない。 聖女の力はそこまで脆弱ではないのだから。 「なら遠慮せずに行かせてもらう!」 駆ける死神。その先に鎮座する悪霊のボスは全く動きを見せない。 いや、動きを見せなくても攻撃が出来ていた。 見えない衝撃波が死神を襲う。 地を這う砂埃を目視できなかったら死神は呆気なく弾き飛ばされていたであろう。 だがそれでは死神として役不足。衝撃波を回避した死神は迷うことなく大鎌を振り被って悪霊を叩き切る。 しかし斬る寸前に大鎌は見えない力によって受け止められる。 大鎌の退魔処理が施されているのは刃の部分。つまり柄の部分はただの丈夫な棒でしかない。 隙だらけとなった死神の腹部に衝撃が直撃する。 呆気なく吹き飛ばされる死神。それは聖女にとっても意外な結果だったのであろう。 聖女の隣を通り過ぎ、派手な音を立てて壁に当たり死神は床に倒れ伏す。 相手が1人になったと判断したのか悪霊は歩むように聖女へと近づく。 「い、いや・・・」 怯える聖女。絶対に勝てないと思い込んでいる彼女に敵に攻撃を与えるという思考が出てこない。 横に目を向ければ悪霊の一撃によって意識を失っている死神。 聖女は死神の力を当てにしていた。力も碌に扱えない聖女にとって唯一の味方である存在であったはず。 だがそんな味方が倒れた今、聖女はたった一人となってしまう。 それは彼女がもっとも怖れていたこと。 そして悪霊は聖女の目の前にまで近づいていた。 聖女の力も効かない相手。その敵が間近いることで彼女の感情は恐怖という感情に塗り潰され、ピークに達する。 そして変化はその直後に起こる。 聖女の身体が急激に発光しだしたのだ。 それと同時に近づいていた悪霊が恐れをなしたように遠ざかる。幾分かその力も弱まっているように感じられる。 「キエロ」 片言の言葉。虚ろなる瞳はすでにクレアという人格を反映しているようには見えない。 ただ敵を葬り去れるために存在するような人形。それが今のクレアの印象。 クレアという存在ではない聖女は右手を悪霊に向かって突き出す。 それに何かしらの危機を感じ取ったのか悪霊は一目散に穴の空いている壁から階下へと飛び降りようとした。 だがそれよりも一瞬早く聖女の手から放たれた閃光が悪霊を飲み込む。 叫びも何も残すことなく悪霊のボスたる存在は無へと帰した。 同時に聖女から発せされていた発光も収まり、最上階には死神と聖女しか残らなかった。 だが光が完全に収まると彼女もまた力尽きたかのように床に倒れる。 この戦いで勝者が誰なのか分からない。だが敗者が悪霊であったことは間違いないはず。 まだ知らぬ力の発現。 その意味を蒼とクレアは意外と早く知ることとなる。 もう1人の死神による情報によって・・・・・。 |