Death11.【聖女考察】 夜風がまだ冷たい今の季節。天井が無く、壁も穴だらけのこの部屋では容赦なく入り込んでくる吹き付ける風。 その風によって倒れ付している一人が意識を取り戻し、頭を押さえながら立ち上がる。 どうやら壁に叩き付けられた時に後頭部を殴打したようである。 傷口から流れる血が頬を伝い、顎から落ちる。手で押さえながら蒼は周囲の状態を見渡す。 蒼自身、気絶していたために何が起きて、どうやって悪霊を退治したのか分からないでいた。 だが蒼が倒れている間にこの部屋にはクレアと悪霊しかいなかった。 必然的にクレアが倒したというのが簡単に説明がつくのだが、あれほど怯えて彼女が悪霊を倒せたとは蒼には 信じられないでいた。 そしてクレアから事情を聞こうにも、クレアもまた蒼と同様に倒れており、まだ目を覚ましていない。 「どうしろっていうんだ・・・」 状況も何も分からず、事情を知っているものは倒れて聞き出すことも出来ない。そんな状況に蒼は途方に暮れる。 『とりあえず運んだ方が良くないかな。あの現象だと野次馬が沢山来ると思うから』 突如聞こえてきた声は蒼の影から聞こえてきた。影は突如として形を変え、立体性となって行動を開始する。 それが蒼の使い魔黒猫テス。 「後で詳しく此処で何が起きたのか説明しろ」 『合点承知』 まだ目を覚まさないクレアを担ぎ、蒼は急ぎこのビルから逃亡を開始する。 ただ階下に近づくにつれて野次馬の声が聞こえてくる。それは蒼にとって厄介なことである。 なるべく隠密に行動しなくてはならない蒼にとって噂だけでも立つことは危険を意味する。 行動し難くなるし、何より親しい者達に心配される恐れがあるから。 他人を巻き込むことを蒼はもっとも怖れていた。 「テス、他に出れそうな場所はあるか?」 『最初に入った入り口とは反対方向に壁が崩れている場所があるからそこから外に出ればいいと思うよ』 蒼は自らの使い魔の言葉を信じて、その方向へと進む。辿り着いてみれば確かに人が通れるだけの道が出来上がっていた。 そこからは何の問題も起こらなかった。道に出た後、適当にタクシーを拾い、自宅へと戻る。 クレアの住んでいる場所を知らない蒼は仕方なくクレアも自宅へと連れて行くこととした。 そして自宅の前に着いたとき、玄関前に見慣れた姿の人物が立っていた。 「遅い!」 理不尽な物言いにさすがの蒼も呆れてしまう。 黒を司る死神【エレミー・イングレッサ】それが玄関の前で不機嫌に眉間に皺を寄せている人物。 「何でお前が此処にいるんだ?他の場所に行ったんじゃなかったのか」 「貴方の元に派遣された聖女について講義しようと戻ってきたのよ。どうせ急ぎの仕事でもないしね」 死神が必要とされる仕事はそのどれもが早急に解決しないといけないものばかり。 つまりエレミーの言っている事は矛盾している。だが時間的余裕があるということも意味している。 異常となる進行がゆっくりであるために、急ぎ解決するにはその異常を理解する必要が発生する。 「とりあえず入れ」 「鍵掛かった状態で入れるわけないじゃん」 エレミーに突っ込まれることが腹立たしくあり、だが正論であるだけに言い返すことも出来ない。 仕方なく蒼は苛立ちを抑えながら鍵を取り出し、ドアを開ける。 エレミーは勝手知ったる他人の家といわんばかりに家主よりも先に家へと入り、リビングに直行する。 文句をいうだけの気力も萎えた蒼はクレアを背負い直し、エレミーの後を追う。 追うといっても玄関からリビングまではさほどの距離もないのですぐに着いた。 「それじゃ聞かせてもらおうか。聖女について」 「いいけど、本人を起こさなくてもいいの?」 その問いに蒼はチラリと横を見る。そこにはソファに寝かされたクレアがいた。力の反動ではあろうが意外と 五月蝿いというのに起きないというのは意外である。 「あとで俺から説明すれば良いだろ」 「そうね、それじゃ始めましょうか。まず始めにテスから見た今回の現象について説明して頂戴」 『了解。僕から見たクレアの様子だけど、悪霊が近づいてきてパニックしていたね。あと恐怖で何も考えられない というのも当て嵌まる。でも同時に・・・むぅ、何て説明すれば良いかな』 「テスが感じたことをそのまま喋ってくれれば良いわ」 『分かった。クレアの奥底の方から別の何かか表面上に浮かび上がった感じ。で、悪霊に殺られると思った瞬間、 人格が変わったように凄い殺気を放って、あっという間に悪霊を倒したの。光の奔流でね』 饒舌に喋る黒猫。だがその姿が意外と様になっているように感じるのは何故だろう。まるで黒猫が喋ることが 当たり前のように思える。 「テスの話はあくまで今回の事件に関する事柄よ。私が話すことは聖女に関する昔から伝えられている逸話」 つまりテスの話とエレミーの話は別々に考える必要があるというと。頭の切り替えが重要となってくる。 「聖女というのは教団のシンボル的な存在よ。聖なる力、または邪を払う力ともいえるわね。それがもっとも強い者を 聖女というカテゴリに属するの。勘違いしないでほしいのは聖女といってもそれは男である場合もあるの」 「男性でもか?」 「そうよ、聖女というのはただの肩書き。男であろうとも呼び方は変わらない。まぁ女装して存在を誤魔化している 者もいるけどね。だけどこれは補足。本題はここからよ」 「本題?今の話が本題じゃなかったのか?」 「補足といっているじゃない。聖女についてはここからが本当の話になるかもしれないわ」 真剣な面持ちのエレミーに蒼はすでに飲まれていた。一字一句聞き漏らさないように集中する。 「聖女の力がいかに強大でも器となっているのは所詮人間。人間に普通は悪霊を遠ざけるだけの力があるはずなんて無い。 じゃあ聖女の力の正体とは一体何のなの?答えは天使よ」 「天使?そんな存在がいるのか、この世界に」 「私達死神だって空想の産物じゃない。今更天使が出たって不思議じゃない。と、話が脱線したわね。つまり聖女の 力とはその人間に封じられている天使の力なの。で、テスの話に繋がるけど、今回の現象は天使の人格が表に出てきた ことによって発生したの。もちろん力の総量は人間が扱う比じゃないわ」 「俄かには信じられない話だな」 「信じない信じるは別問題よ。これは現実なの、受け入れないといけない事実なのよ」 それだけの力がありながら制御することのできないクレアはどうなってしまうのか。 蒼は重要なことをエレミーに聞けないでいた。もしかしたら破滅しかないのかもしれないという悪い空想を抱いて しまったからかもしれない。 今更他人の心配をしても仕方がないと分かっていながら蒼は苦悩する。 このままクレアを巻き込んでも良いのかと・・・・・。 |