Death16.【脅威の存在】


学生にとって昼の休みは一日の中で一番の休息時間かもしれない。

それなりに人気のある食堂は空いている席を探すのも大変である。

そんな中、蒼達3人は見事に席の確保に成功し、会話に花を咲かせていた。

楽しい談笑、それを打ち壊すように蒼の携帯電話が着信を告げる。

「・・・・・」

発信者の名前を見た蒼の何ともいえない悲痛な表情。

それだけで長い付き合いの2人には誰からの連絡が確信が持てた。

そして蒼は通話を切る。

「いや、それは問題だろ」

「大丈夫だろ。何とかなるとは・・・・思う」

報復を懸念する雅人に対して、少しだけ自身の行動を後悔する蒼。

3人の見解から言わせればあの人物とは接触しないことが一番好ましい。

もしあちらから接触してきたのならば断らず、素直に命令に従うのが最良。

だからこそ蒼の行動は失敗であると誰もが思っていた。

「隣、いい?」

どうしたものかと頭を抱えている蒼に無愛想であるも温かみのある声が響く。

クレア、そして蒼の知らない女性2人が一緒にいた。

丁度蒼達の隣3席が空いている状況。

そしてクレアは蒼を知っているからこそ頼み易い。

「構わない。勝手に座ってくれ」

「それじゃ失礼するわね。沙耶、香織、いいそうよ」

「「お邪魔しま〜す」」

一人は長髪で少しばかりおっとりしているように見える女性。

もう一人は短髪であり、見た目からも活発的な女性であると判断できる。

外面は一目見れば分かる。だが内面は話をしてみなければ判断できない。

大人しそうな顔をしていながら平然と暴力を振るう者だって存在する。

逆に怖い人相をしているものであっても、繊細であり心優しい者だって存在する。

その辺りを知るには時間が必要。

「それにしても意外ね。クレアがあの影見と知り合いなんて」

「意外?」

「だって影見って上級生からも恐れられている人だよ」

「それは初耳なのだが」

香織の言葉に反応したのは当人の蒼である。今まで上級生から絡まれたこともないのだから。

「ほら雰囲気が怖いとか、すぐに暴力を振るわれるとか思われているのよ、きっと」

「香織、それは影見さんに失礼ですよ」

否定しているのであろうが微笑みながらでは説得力が無い。

むしろこの表情が彼女の標準なのかもしれない。

何か言い返そうと口を開きかけた時、再び蒼の携帯が着信を告げる。

「取ったほうがいいと思うぞ」

雅人の忠告。それは蒼の身を心配しているからではなくとばっちりを恐れての進言である。

さすがに蒼も拙いと感じているらしく素直に携帯を取る。

『いい度胸しているじゃない』

「用件はなんですか?」

『謝罪も無しとは後で覚悟しておきなさい』

その前に逃げ切ってやろうと蒼は心に決めた。成功率は低いだろうが。

『それじゃ用件ね。仕事のサポートをお願いしたいの』

「拒否権は?」

『あるわけないわよ。いい加減慣れなさい』

「諦めには慣れましたけどね」

『貴方がいないと私が困るのよ』

「霊感も無いのにどうしてそういった仕事を引き受けるのですか」

呆れをそのまま言葉に乗せるも、相手は朗らかに笑い飛ばす。

『だって報酬がいいもの』

「分かりました。貴方に何を言っても無駄だと理解しました」

『なら集合場所は私の事務所ね。授業が終わったらすぐに来なさい』

「了解。誰か必要な人材はいますか?」

雅人と圭を視認しながら尋ねる。それを感じた2人は全力で首を横に振り、拒否することを示している。

だが蒼はそれでも2人を引き込もうとする。こうなれば道連れである。

『誰を連れてきてもいいけど、死ぬ覚悟、または殺す覚悟のある奴を連れてきなさい』

同時に通話は切られた。それと同じく蒼は道連れの考えを改める。

あの人がここまで言うのならば本当に危険な内容だろう。だからこそ行ける人材は限られる。

「邪魔だからいらないそうだ」

「命拾いしたのはいいが、釈然としない言い方だな」

不満げな声を上げる圭であるも危ない目に合わないですむことに安堵していた。

そして適当に雑談をしていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

ゆったりとした時間が流れ、授業が終わり、約束の時間を迎える。

場所は移り、蒼とクレアはとある事務所の前に辿り着いていた。

クレアが同行してきたのはいつも通りの監視のためである。

それに今回の仕事であろうと彼女なら命の危機に瀕することも無いだろうとの判断でもある。

ドアをノックしてから蒼は事務所の中に足を踏み入れた。

そして飛んでくる問答無用の拳。

拳を確認した頃にはすでに避け切れない。

顔面に拳を受けた蒼は蹈鞴を踏み、背後のクレアに支えられて何とか体勢を立て直す。

「殴られた意味、分かっているわね?」

「何となくは」

蒼を殴った人物はドア付近で仁王立ちしていたが意味を成さないと思うとさっさと中へと戻る。

蒼とクレアは少しばかりの緊張感を携えながら後に続く。

「私はあの時言った筈よ。復讐の妄執に取り付かれるんじゃないと」

「復讐のために力を手に入れたわけじゃないです」

「分かっているわよ。あんたのあの時の瞳は憎悪じゃなく決意だったと感じたから」

「じゃあ何で殴ったんですか?」

「力を手に入れることを私も姉さんもあの子も望んじゃいなかったからよ。あんたには普通の生活を送って、

普通の日常の中で生活して欲しかった。誰も裏の世界に首を突っ込んで欲しくなかったのよ」

「だけどある意味で強制的な出来事でしたから。拒否は即ち死です」

「分かっている。だけど納得できないのよ、私は」

2人による会話、2人による感情の交差。置いてかれた状態のクレアは情報を整理する。

蒼の情報を持っているこの人は何者か。

姉さんとは誰で、あの子とは誰なのか、その人物達が蒼とどういう関わりがあるのか。

蒼のことを何も知らない自分を前にして、なおも続く応酬。

しばしの間、彼女は蚊帳の外。だが拾える情報は頭の中に記録していく。

それが必要なときが来るかもしれないから。

過去があり、現在へと繋がる蒼の物語。

それはいつか語られる悲しき話・・・。