Dream03.【Preparedness the future】


落ち着きを取り戻した彼はある違和感を感じる。あれだけ吐き出したというのに喉が痛まない。それに空腹感も何も

感じない。それは異常である。胃液の逆流ならば必ず食道か喉が傷つくはず。だがそんな刺激が全くしない。

「・・・・本当に夢なのか」

そう思えるならどれだけ楽だろう。彼の思考にはハッキリと血の池と沈む甲冑の姿がこびりついている。離れることは

当分無いだろう。もし幸運だと思うことがあるのならば銃で撃ったことだ。何故なら肉を貫く感触を味わうことが

無かったのだから。それだけが彼に幸運を運んだのかもしれない。殺したことに変わりはないが。

「自分が死ぬよりマシか」

一番楽な考え方。その言葉が無理をしていることは明らかである。手は震え、足も痙攣しているかのように震え続ける。

非情に為り切れなければ苦しむだけ。だが彼にはそうなるだけの覚悟が無かった。

人の心を捨てる気は彼には無い。

「屍は越えて行け、魂は背負い込め」

彼の心を現す言葉。相手を殺さぬ限り、自分が死ぬ可能性が増えていく。なら自分自身が生きる為に相手を殺す覚悟を

作り上げる。生きる為に屍を越えて行く。だがその覚悟を作るためにも相手のことは一生忘れぬよう、心に背負い込む。

それが犠牲にしてでも生きると決めた決意。魂を背負い込んで、殺した者を忘れぬために心に刻み込む。

彼の決意は漸く形を作り上げてきた。

だが彼の決意を形に仕上げるには決定的なものが足りない。

それは実力。

いかに銃という武器を手に入れたといっても彼は今まで普通の生活しか送っていなかった人間である。これからの戦いで

あのような敵が現れたら、もう一度倒せる可能性は低い。

反動に慣れ、照準に慣れ、装弾に慣れ、敵を殺すことに慣れないといけない。それが生き残る為に必要なこと。

銃を右手で握り、左手で右手を包むように持ち上げる。聞きかじりだが銃の扱い方について友人から教えてもらったことが

ある。その時はエアガンだったが。

引き金に指を掛け、銃を身体の正面になるように構える。視線と銃口は必ず一直線に交わらせないといけない。どちらも

分かれて撃つ事が出来るのは熟練された者だけ。彼に映画のような撃ち方はまだ無理である。

呼吸を落ち着け、心臓を鎮める。腕に無駄な力をいれずに僅かに弛ませる。力を入れすぎれば腕が震え、腕が硬く

反動を逃すことが出来ずに筋を痛める。

石は固過ぎるゆえに砕け易く、鉄はある程度柔軟性があるからこそ砕け難い。そういった違いである。

全体的な準備が出来、間を空けて発砲する。音はそれほど大きくない。意外と強い反動に彼は少し驚いていた。

反動はその銃の大きさに比例して強くなる。彼が持っているのは中位に位置する大きさであろう。

『コルトガバメント』それが彼の所有している銃に一番近いかもしれない。米国では一般的な銃である。

反動に慣れる為に彼は何度も発砲を繰り返す。反動の強さを身体に覚え込ますために、照準を完璧にする為に、銃という

ものがどのようなものか知識として理解する為に。

真っ暗な今の空間では弾丸が狙った方向に飛んでいるのかは分からない。弾丸を視覚で捕らえるには人間の限界を超える。

だが慣れることが今の一番の目的である。

何度も、何度も、何度も、何度も撃つ・・・・・・・・。

此処を出る為には無駄な時間である。しかし今の彼には必要な時間である。

ただ此処を出るのが目的ではない。それなら勝手に死ねば開放されるだけ。目的は生きて此処から出ることなのだから。

腕が痺れ始めたのを区切りとして彼は撃つことを止めた。

弾丸は無くなる事が無い。銃の弱点である弾切れがこの空間では存在しないのだ。だから彼も銃弾を惜しまず使う。

そのまま彼は疲れきった身体を癒すために倒れるように横となる。反動を逃す作業は意外にも体力を奪っていく。

体力を失った状態で次に乗り込んでも生き残れる可能性を減らすだけ。

確かな休息も戦いには必要な行為である。

彼は闇から意識の闇へと視界を移していく。戦いの為に・・・・。


   残り時間【163時間12分】