Dream02.【First trial encount】


突如として出現した扉に彼女は迷うことなく手を掛けて開ける。目の前に映るのは今までの部屋とは違い真っ黒な空間。

光は露ほども無く、ただ闇が支配する空間。だが彼女は扉と同様に迷うことなく足を踏み入れる。例え中で襲われようと

自分には鍛錬で培った経験と勘がある。慢心でもなく、それは自分自身の自信となり彼女に安心感を与える。

だが常に気を張り続けることは人間には不可能。息抜きを取り入れなければ精神的疲労が溜まり、いざという時に不覚を

取ることとなる。それに彼女はこの暗闇の中で襲撃があるとは露ほども思っていなかった。何故なら自分が闇に覆われて

いるように相手も自分と同じ状態であるから。何も見えない場所で攻撃など行えるはずが無い。

「しかし・・・」

何も見えない暗闇の中を歩くというのは意外と神経が磨り減る。歩くこと、つまり散歩は彼女にとって趣味ともいえること。

だがそれは風景があるからこそ意味がある行為。今のように周りが闇に覆われていては面白みも無く、暇なだけである。

時間感覚が麻痺してきた頃にやっと一筋の光が彼女の瞳に映った。それは次へと続く扉。

「はてさて何が出ることやら」

緊張も恐怖も無く彼女は扉を開き、次なる舞台へと進む。

広がるのは最初の部屋と同じく白。空間の境目が分からぬほどに白く、壁というものが存在しないかのように広い。

その中にある染み。黒い鎧で身に纏い、片手に握る銃が白き空間に色を加える。

「・・・・・敵か」

騎士から感じるものは敵意、そして殺意。友好的なものは一切感じることが出来ない。

彼女はそんな相手に対する礼儀を知っている。

「先手必勝」

相手に対して何も語りかけず、一気に間合いを狭めるために駆け出す。相手が持っている物が銃であるなら

遠方にいては格好の的になるしかない。彼女が持っている槍がいかに中間距離であろうとこれだけの間合いが開いて

いれば為す術もない。

そんな彼女に騎士は動揺しながら銃を構える。それは不器用であり、慣れた者の動きではなかった。

騎士の動きの悪さに彼女は勝利を確信した。必ず勝てると。

発砲音が木霊する。だが常に蛇行しながら前進している彼女に掠ることも無く弾丸は明後日の方向へと飛んでいった。

「獲った!」

彼女の間合いに入ると同時に裂帛の気合と共に鋭い突きを放つ。まだまだ未熟な使い手である彼女でも素人とは

雲泥の差がある一撃。その一撃を騎士は踏鞴を踏み、辛うじて避けた。

彼女の攻撃がここで止まるならば騎士の反撃もあっただろう。だがそんなことを彼女が許すはずが無かった。

踏み込んだ足にさらに力を込めて彼女は跳ぶ。同時に身体を捻り、肘を思いっきり騎士の側頭部へと叩き込む。

相手が兜を被っており、自身の肘に何のプロテクターも付けていない事を気にしている様子の無い捨て身の一撃。

結果は肘を多少を麻痺させた程度であり、騎士は回転しながら地面に叩き付けられた。

体勢を立て直すと彼女は間髪入れずに倒れている騎士に馬乗りとなる。先程の一撃で脳震盪を起こしている騎士にそれを

防ぐ手立ては無い。

「すまない。私はまだ死にたくないんだ」

穂先を首筋に突きつけて彼女は懺悔しながらも決意を瞳に称える。しかし穂先が皮一枚を隔てた首へと進まない。

まだ迷いを捨てきれずにいる証拠であると同時に騎士への反撃の機会を与えることとなる。

騎士の右腕が動く。迎撃する必要があると反射的に動いた彼女は騎士の首に穂先を喰い込ませる。それは首を貫通し

床へと貼り付けにした。

その後、何を恐れたのか彼女は穂先を素早く抜き急ぎ後退する。動悸は荒く、手が震える。

覚悟を決めたとしてもそれが完璧に身体に精神に反映するはずも無い。彼女は始めて人を殺したのだから。

ショックは十分にあるはず。あとはいかにそこから抜け出し、先に進むことが出来るのかが課題となる。

手から槍が抜け落ちるように地面へと横たわる。膝から力が抜けて放心したかのように座り込む。

瞳は虚ろとなり、生々しい感触だけが手に残る。

何も考えたくない。ただそれだけが彼女の思考を支配する。

人間の覚悟は確固たるものであるが、崩れるときは呆気なく崩壊する。

彼女の決意も所詮建前でしかなかったのだ。それを彼女は実感している。

立ち直るにはしばしば時間が必要なようである。


   残り時間【165時間27分】