Dream12【emancipation nightmare】



お互いの傷を確かめようと一歩を踏み出した時、異変は起きた。

完璧に殺したと思った敵が立ち上がり彼女へと忍び寄る。

先程とは逆の完璧なる奇襲。

そのままの状態ならば彼女は間違いなく死ぬだろう。

だが第三者には彼女に襲い掛かる様が丸見えであった。

「後ろ!」

彼の声が聞こえた時、敵は彼女の真後ろに立ち剣を振り上げていた。

後ろを振り返るでもなく、彼女は危険を察知し、前方へと倒れて避けようとする。

だがそれよりも早く敵が剣を振り下ろす。

血飛沫が舞う。

彼女が倒れ、敵との間に射線が出来る。

銃声が轟く。

放たれた一発の銃弾は今までのとは比較にならぬほどの精度で敵の脳天を貫く。

それが致命傷となり敵は倒れ動かなくなる。

彼女の敵を倒した時、彼は自身の敵を思い出す。

彼女が敵の骨を砕き、心臓を潰す音は彼の所まで響き渡っていた。

それほどの一撃を与えられても動いている敵。

ならば彼の敵も同じではないのか。

確認する為に急ぎ振り返ろうとする前に、彼の身体が横に弾け飛ぶ。

彼女にはその光景がゆっくりと流れるように映っていた。

盾を持った敵が音を立てずに彼の背後に立ち、強靭な腕によって彼を殴ったのだ。

ぶつかった音が凄まじくどれだけの怪我をしたのか彼女には見当が付かなかった。

背中の激痛によって声が出せなかった彼女は心底後悔してる。

同時に敵に対して底知れぬ憎しみが渦巻く。

痛みも何も無視して彼女は力の限り槍を握り締めて立ち上がる。

歯を食いしばり、きつく敵を睨みつけ彼女は助走する。

全力で走ることが体力的にも怪我の状態からも無理であることを理解している彼女は次なる手段を取る。

突きの要領で腕を限界まで引き絞る。

だが歩幅は一気に大きくし、最後には身体全体をバネのように撓らせて槍を投擲。

矢と化した渾身の投擲は狙い違わず敵の脳天に突き刺さる。

槍の重みと慣性によって敵の身体は大きく後退しながら倒れる。

敵が盾によって防がなかったのは、敵にとってもあれが最後の力であったためであろう。

膝から力が抜けそうになるのを気合だけで支え、彼女はゆっくりと彼の方へと進む。

その間にも彼女の背中からは絶えず血液が流れ続けている。

あと10分も経てば出血多量で死んでしまうかもしれない。

本来ならば奥に進む扉を速やかに潜る必要がある。

だが彼女にはそれよりも大切なことがあった。

「お前と一緒に出ないと意味が無いじゃないか」

彼の隣まで歩み寄った彼女は、力の抜けるように座り込む。

彼女の声が聞こえた為か彼がピクリと身体を震わせて、瞼を開ける。

「迷惑掛けましたね」

「全くだ」

とりあえずお互いが生きていることに安堵しながら、2人は支えあうように立ち上がる。

「右腕折れているので左側に寄ってくれませんか?」

敵の最後の一撃によって彼の右腕は完璧に折られていた。

左側も怪我が酷いが、折れている場所を支えられても激痛が走るだけで力は入らない。

対する彼女も無事な箇所は無い。

至る所に傷を負いながら、だが気丈にも我慢して彼を支える。

『お見事、お見事。よく不測の事態に対応して生き残ることが出来たね』

聞こえてきた全ての元凶たる声。

だが2人は何も答えない。

喋るだけの力を浪費するだけの余裕も何も無いのだから。

『まぁ、約束どおりこの場所から解放してあげるよ。そのまま進んで扉を潜れば無事生還さ』

忌み嫌っても結局は声の指示に従うしか2人には選択肢は無かった。

それが腹立たしいが、何か行動するだけの力は残っていない。

ゆっくりと焦ることもせずに2人は着実に扉へと進む。

今更時間を気にしたところで変化は無い。

どちらかを見捨てて1人だけ生き残るという選択肢は2人の間には存在していなかった。

「これでお前ともお別れだな」

扉の前まで辿り着いた彼女がポツリと名残惜しそうに呟く。

「でもいつかは会えるかもしれませんよ。お互いに生きているんですから」

広大な地球の上で、住所も名前も知らない2人が出会える可能性は一体小数点が何個つくだろう。

考えるだけ馬鹿らしいが、世界は狭いという言葉もある。

可能性は決して0%じゃない限り、否定するわけにはいかない。

だが住所と名前をお互いに聞こうとはしなかった。

もしかしたらこれがただの夢ではないのかという考えがまだ2人の頭の中に残っている。

夢に期待を抱いたところで裏切られるだけだと分かっているのなら知らない方がいいのかもしれない。

「それじゃいくぞ」

彼女の言葉に彼は頷くと最後の力を振り絞って扉を押し開ける。

開ききった扉からは眩い光が飛び出し、2人を包み込む。

「再会の約束だ」

遠くなる聴覚に確かな声が聞こえたと同時に唇に柔らかな感触が伝わる。

それが何なのか理解しながらも、尋ねようとはしなかった。

あまりにも無粋な行為だと彼だって理解している。

光がさらに強くなり、瞼を閉じていても眩しく感じる。

そして2人はお互いを掴んでいる感触が無くなっていた。

最後に何も感じなくなった瞬間、瞳の先は漆黒しか映さなかった・・・・・。