02.【希望の影】 目の前で必死の抵抗を続けるアルエを嘲るように惨劇が近づく。 背後からの奇襲。 それは戦いにおいて常套手段であるもやられたほうにとっては一番最悪のケース。 目先の敵にしか意識を集中していないアルエ。 怪我人を庇いつつ自らが何をすれば良いのか理解していない生徒。 その生徒達の背後から数匹の魔獣が襲い掛かる。 もちろんいち早く反応したのはアルエであるが彼女の位置から援護に向かうことは出来ない。 何よりそちらに行動を移してしまえば現在の敵に襲われてしまう。 あとは生徒達の反応に期待するしかないのだが、生徒達は硬直して動けない。 初めて死という危機感に直面し何をすれば良いのか考えが浮かばないのだろう。 「動け!」 アルエの悲痛な叫びで我に返るも武器を取るのが遅すぎた。 魔獣の牙が、爪が生徒達の身体に突き刺さる。 最悪の事態に目を逸らしそうになったアルエ。 だが血を噴出したのは魔獣のほうだった。 生徒達に襲い掛かっていた魔獣が次々と何かに貫かれたように穴だらけにされていた。 誰がやったのかは分からない、何より攻撃手段が見えなかった。 それでも援軍が来てくれたことだけは分かっている。 「何でこんな場所に学生がいるんだ?」 緊迫したこの場に現れたのは全身を黒の戦闘服で固めた青年。 新手の敵を打ち倒すために魔獣たちが一斉に青年へと襲い掛かる。 「穿て」 四方八方から襲い掛かった魔獣たち。 青年に逃げ場は無くただ魔獣たちに蹂躙されるだけだと思われた。 ただ青年が何もしなければの話である。 横一線に振られた腕。 それだけで魔獣たちは吹き飛ばされる。 体中に穴を開けながら。 「討伐隊だ、遅れてすまない」 「いえ、助かりました。ですがこの状況を打破できますか?」 周りはアルエ達が囲まれた状況から何一つ変わってはいない。 それでも青年の表情に焦りや不安はない。 「集まってくれているほうがこっちとしては遣り易い」 再び彼が腕を振るう。 今度はアルエの瞳にも彼が何をしているのか映った。 小さなビー玉程度の大きさの球体が視覚で捉えるのが難しい速度で飛んでいたのだ。 今の時間が夜であり、球体の色が漆黒なのだから尚更見え難い。 その一つ一つに魔力が込められており、魔獣を貫くのは当然だと思えていた。 問題はその数である、30以上の球体を同時に操ることが通常の人間に出来ようか。 「・・・魔弾の射手」 アルエの呟きを聞き取れたものは誰もいない。 何故なら放たれた球体が魔獣の群れに殺到し、高らかな悲鳴を作り出している。 殲滅戦に優れている青年の能力。 彼一人でこの戦いは決しているように見えるがそれは違う。 他の者達が魔獣達を彼の近くまで追い込んでくれているおかげである。 球体の射程距離も無限ではない、早期殲滅のためには仲間の援護が不可欠。 「確認されている魔獣は粗方殲滅終了した。学生は後方へ下がったほうが良いぞ」 彼の言葉に傷ついている学生達は素直にこの場から元の持ち場へと戻っていく。 だがアルエだけは彼の言葉に違和感を感じてその場に残っている。 何故殲滅完了しているのに『下がったほうが良い』というのか。 つまり学生達には手が負えない所か足手纏いのような存在がまだ残っているのかもしれない。 「何で残る?」 「余裕が消えたと思って。さっきまでの魔獣を相手にするのと表情が違う気がして」 突如として地鳴りが響く。 それは次第に近づいてきて森の中にいるはずなのに頭上を見上げてしまう。 木々の間から見える大きな眼。 巨大な生物が2人を見下ろしていた。 「こいつが最後に確認された魔獣だ。ただ無駄にデカイだけだが相性があまりな」 全長30mはあるだろう魔獣。 これほど巨大な魔獣が現れるのは珍しい。 前大戦ではよく見られていたと記録に残っているが今では絶滅危惧種ともいえる。 彼の球体で穴を開けた所で、小さな針が刺さった程度にしか相手は感じないだろう。 逆に相手の攻撃は掠っただけでもこちらを殺せる威力を持っている。 「来るぞ!」 振り下ろされた拳が2人がいた地面にクレーターを作る。 直撃でもしたら原型なんて残るとは到底思えない。 「なら足元から斬り崩す!」 一閃された剣は確かに魔獣の足首に直撃した。 しかし刃が皮膚を破ることは無く逆にアルエの剣は弾かれた。 「何処がデカイだけよ!」 悪態を吐くアルエだが慌ててその場から離れる。 凄まじい地鳴りと振動が彼女を襲う。 大地を踏みしめただけで攻撃になる、あまりにも非現実的であった。 「それはまだお前が未熟だってことだろ!」 球体を纏め質量を上げた魔弾が巨人の腹を突き破る。 それでも一向に巨人が苦しむ素振りは見えない。 決定打が打てないまま時間だけが過ぎていく。 同時に2人はある疑問を抱いた、何故これだけ巨大な魔獣が暴れているのに援護が無いのか。 殲滅したと思っていた魔獣が実は残っているのだとしたら。 「これだけの敵を2人で殲滅しろってのか」 対策ならある。だがそれは固有能力がある人物がいることが絶対条件。 絶対的な攻撃力を持った魔法使い。 無い物を期待しても仕方なく、彼は別の方法を模索する。 そこへ期待していないほうから声を掛けられる。 「確実に倒せる方法あるけど手伝ってくれる?」 アルエからの申し出。 他に考え付かない彼は何も反論せずアルエの申し出を受ける。 逆に驚いたのはアルエのほうだった。 何の実績も無い学生が立てた計画など討伐隊の人間が簡単に受けるとは思わなかった。 だが今は迷っている暇は無い、ただ相手を倒すだけを考える。 「私を奴よりも高い場所へ!」 大振りの攻撃を避けた直後、彼は風の魔術でアルエを空へと打ち上げる。 アルエにしてみれば絶好のポジションを取ることができた。 彼が最初から彼女が何をするのか分かっていたのかは分からない。 それでも今が絶好のチャンスだと理解している。 「魔法剣『光』」 キーワードを口にするとアルエの剣はその体積を一気に増やす。 光によって何十倍にもなった大剣には誰もが目を見張るだろう。 「残光!」 落下を始めた身体に合わせて大剣を振り下ろす。 巨人だって馬鹿ではない、危険を排除するためにアルエへと手を伸ばす。 だがそれさえも大剣は容易く斬り捨て、道を切り開く。 そして先程は弾かれてしまった剣は何の抵抗も無く巨人を縦一文字に両断した。 「たく、着地のことくらい考えていろ」 敵を斬る事だけに集中していたアルエは全く着地を意識していなかった。 あれだけの高さから落下してきたのだから受身を取ったところであまり意味は無い。 「魔弾の射手を信じていたから」 アルエが地面に落ちる前に彼は風の魔術で浮力を発生させ落下の速度を大分落とした。 だが姿勢が安定していない彼女を地面にぶつけないために彼が落下直前でアルエを抱き止めたのだ。 「まぁいい、これで任務完了だ」 「そうみたいね」 周囲から獣の唸り声や人の悲鳴などは消えていた。 敵がいなくなった証拠ともいえる。 学生達にとって初めての実戦は終わりを告げ、新たな日が昇る。 此処から本当の物語が進んでいく。 それは希望か、絶望か・・・。 |