Dream03.【Preparedness the future】



知らず知らずの内に涙を流していたことに彼女は漸く気づいた。涙を拭こうとはせずに彼女は苦笑を浮かべる。

自分の決意がどれだけ薄っぺらく脆いものなのか気づいたから。

「まだまだ未熟ということか」

武も心も成長していたという自信が呆気なく粉砕された。それは自分の未熟さが生んだことだと彼女は理解している。

気持ちの切り替えは当分出来そうに無い。人を殺すことがこれほど不快だとは思わなかったのだ。

座り込んでいても何も変わらない。だからせめて彼女は立ち上がる。

だからといって何かをするわけでもない。深く息を吸い込み、吐き出す。ただ深呼吸を繰り返すだけ。

瞳を閉じて、頭の中を整理する。それが一番落ち着ける方法。

何分くらいそうしていたのか分からない。この空間は人の時間感覚を狂わせる。

再び瞳を開いた時、彼女は結論を出す。

「全てを守って自分自身も救える方法なんて無い」

自分が救われるということは誰かが傷つくということ。人間とは常に誰かを傷つけて生きている。

今回もそうだ。もし騎士を救っていたら彼女は死んでいる。

生きる為に強いものが弱いものを殺すことはここでは普通なのだ。

敵は全て排除しなければ彼女は絶対に救われることは無い。

だからこの空間に連れて来られた時点で彼女は人殺しという罪を背負わされていたのだ。

常に死が横行する、この異常な空間で。

肉を裂く感覚、咽る血の臭い、断末魔の悲鳴、こういったことに慣れないといけない。

相手が息を止めるまで、心臓が止まるまで気を抜いてはいけない。

戦いでの一瞬の隙は、自分自身の死へと繋がる。

覚悟なんて最初からいらなかったのだ。必要なのは生きるという強欲さ。

彼女は落とした槍を拾う。

騎士を相手に槍で戦うには些か不利であった。相手は常に全身を硬い鉄で覆っている。普通に突いたのでは貫けない。

だから関節の隙間を狙って刃を差し込まないといけない。

その技量を彼女はすでに有している。だがこの技術は迷いを生じさせれば致命的な隙を生んでしまう。

数センチしかない隙間に刃を差し込むのだから少しの震えも許されないのだ。

槍を横に一振り。先端には訓練用の錘ではなく、人を傷つけるための刃が取り付けられている。

銀色に鈍く輝く金属が簡単に人の命を奪っていく。

だが責任が金属にあるわけじゃない。それを扱う人間に責任があるのだ。

今までの鍛錬を思い出すように彼女は精練された動きをする。

突きを放ち、薙ぎを振るう。足運びは慎重にかつ、素早さを重視する。

熟練された武闘は、何も知らない人には舞踏のように美しく映る。

彼女のもそれに当たる。舞のように綺麗で美しく、それに栄えるように彼女の黒髪が輝く。

想定されている敵は先ほどの敵よりも強く、そしてあらゆる武器を持たせる。

攻撃を予測し、避け、そして反撃に転じる。

一連の攻撃動作を彼女は今、全て頭の中に描く。

彼女の動きが止まったのは何時間も後の事だった。

汗が大量に流れ、動くことがまともに出来なくなってきた頃に彼女は漸く止まった。

直立して立つこともままならず、倒れるように背中から床に背を預ける。

「他に誰かいないのか・・・」

それは儚い希望。自分一人でこの空間にいることは耐え難い苦痛である。

誰かせめてもう一人自分と同じような境遇のものがいないと彼女は抜け出せる自信がなかった。

強いようで、彼女の心は脆かった。

彼女は疲れを抜くために眠りにつく。今の体調で何かをすることは無謀でしかないから。

微かな希望を抱いて彼女は眠る。




   残り時間【153時間21分】



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